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小さなスーパーヒーロー

その小さな体で大きなものを背負っている

JUMP10周年を目前に今までの出来事を振り返る

 
Hey!Say!JUMPが2017年9月24日に結成10周年*1を迎える。次の9月24日の9周年を迎えると、そこからアニバーサリーイヤーとして一気にお祝いムードになるだろう。あの永遠にメンバー全員学生だと思っていたおじゃんぷちゃんが、だ。デビュー当時は小中高校生のみで結成されていたため、世間一般にも若いイメージが付いているあのおじゃんぷちゃんが、である。
 
あっという間に10周年を迎えてしまいそうなので、10周年を目前にした今、今までのJUMPの活動と出来事を振り返り、忘れないうちに自分の心情を記録として残しておこうと思う。
 
どのような方がこのブログを見てくれているのかわからないけれど、最近JUMPを好きになった方々が読んだ時に今のJUMPができるまでにこんなことがあったんだということを共有できればいいなと思う。拙い文章だけどどうか伝わって欲しい。
 
私は山田担であるため、山田涼介の活動の振り返りに偏ってしまっています。それから単なる一ファンの見方でしかなく、私情も挟んでしまうのでもし気分を害してしまったらすみません。自担に似てクソ重なので御注意ください。
 
 
私はデビュー前から山田涼介を応援している。キッカケは鮮明には覚えてないけれど、元々NEWSの手越くんが好きだったため、雑誌等見ている中で徐々に気になり出したんだと思う。その後直ぐにHey!Say!7*2が結成され、探偵学園Qで爆発的に山田担が増え、そして2007年9月24日に家でHEY!HEY!HEY!を観ていたらジャニーズJr.の横浜アリーナでのコンサートと中継しており、そこでHey!Say!JUMPがデビューすることを知った。当時私は小学6年生。今振り返ると当時の私はデビューがなんなのか、イマイチわかってなかったと思う。でも幼いながらに「今までのグループのままでいて欲しかった」とは思った気がする。
 
デビューコンは予定があって行けなかったので、2008年の春のコンサートに初めて足を運んだ。コンサートというもの自体初めてだったので、開演してからもどうしていいかわからず、後ろに座っていたキスマイファンのお姉さん達に「立っていいんだよ!」と優しく声を掛けて貰ったことを凄く覚えている。エビキス*3がJUMPのコンサートに出てる世界、今考えると信じられないよね…!!横アリのセンター席を全部使って作られた「JUMP」という文字の形をしたカラフルなステージも今考えるととても異様だよね……
 
本当にたくさんのコンサートをやったな〜〜。デビューして暫くは、春・夏・冬にツアーがあるのが当たり前だった。もはやツアーじゃない(笑)現場アイドルなんて呼ばれたりもしてね………それはそれで楽しかったのだけれど。正直新年コンなんてどのコンサートがいつのだか覚えてないし、新年コンの発表が11月にされるとか当たり前だった。私の中で新年コンと言えば何故か『Romeo&Juliet』という印象なんだけれど、ロミジュリは今でさえアンコールのファンサ曲になっているものの、当時は白いツナギで手袋して踊っていたし(これに関しては可哀想だった)、実はJUMPとは違うファン専用の振り付けがあってJUMPと交互に手でハート作ったりするんだよね!最近のコンサートでロミジュリ歌っても踊ってるヲタクが全然いないからちょっとジェネレーションギャップ的なのを感じつつある。奇跡的に9割方振り付けを覚えているのでわからない人はぜひ聞いてください。SUMMARYでは綱渡りや空中ブランコ、ジャグリングなど高度な技に挑戦してて何公演も何公演も同じことの繰り返しでマンネリ化するだろうに、毎公演圧巻のパフォーマンスを見せてくれた。当時のJUMPはとにかく目の前にあるものに必死にしがみついていた気がする。渡されたものに全力で応える、そんなスタンスだったかな。
 
コンサートもシーズンごとにできて、順風満帆なのかと思ってたけれど、私はまだガキだったから、何もわかってなかっただけだった。コンサートを観たジャニーさんから、「You達は何がしたいの?」と言われたこともあったみたいだ。
 
話が前後してしまうけれど、JUMP結成3年目で行った2回目の東京ドームでのコンサート、その内容はほとんど覚えていないけれど、First写真集のDVDにも収録されているが最後にBorn in the earthを歌う時に薮くんを筆頭にメンバーが次々と号泣した姿は忘れられない。私は当時メンバーが抱える悩みに全然気付いてなかった。もし今の自分が当時のJUMPを見たら、なんて声を掛けてあげるんだろうなってことを時々想像する。
 
2010年にリリースされたシングル「ありがとう」〜世界のどこにいても〜を機に、ダンスに力を入れるグループに変わったものの、2011〜2013年辺りはグループの不安定期だった。2011年6月に最年少メンバーの脱退、2012年2月リリースのSUPER DELICATEから2013年6月リリースのCome On A My Houseまではなんと1年4ヶ月もの空白。
この期間にSexy ZoneKis-My-Ft2がデビューし、ファンがそれらのグループに大量に降りるという現象も起こった。現場が毎シーズンあるのが当たり前だったので、現場が1年に1、2回になると現場がないシーズンに多くの人がJUMPから離れていった。現に、私自身の友達もその期間に一気にセクゾやキスマイに降りたりヲタ卒したので、このJUMPというグループの低迷期を直に実感したな〜…
 
今思い出すと余計に胸が苦しくなるエピソードとしては、この期のコンサートの最後の挨拶ではメンバーが頻りに「これからもっともっとJUMPは成長していくので、僕たちから離れないで下さい」と言っていた。「着いてきてください」ではなく「離れないで下さい」と必死な顔をしていた。その姿は見ていて心苦しかった。今思い出すとエッッッモイな……
 
2012年のHey!Say!JUMPが座長を務めたJohnny's worldは大きな転機となった。メンバーも、このチャンスを逃すまいと一層気合いが入っていた。
そんな中で決まった山田涼介のソロデビュー。せっかくJWをJUMPみんなで頑張ろう、金田一の主題歌をJUMPで歌おう、と波に乗ってきた矢先の出来事だった。
 
その時のことは、山田くんの10000字インタビューで詳しく述べられている。
 
「『ジャニーズ・ワールド』の練習中、僕だけ呼ばれて。“主題歌、今回はひとりでやってもらう”って言われて。俺、目の前が真っ暗になっちゃって。言葉が出てこない。でも、もう時間的に変更できない。それに今、他のメンバーを楽屋に集めてそのことを伝えてるからって。」
「プライベートでも、いろいろあったタイミングとも重なってたんですけど、何を感じたらいいか、何を優先したらいいのか、もう何もかもわからなくなっちゃって。マネージャーさんに会いに行ったんです。“今、入ってるスケジュールが終わったら、やめさせてください。僕にはもうムリです”って。」
 
山田くんがこの時に精神的に追いやられているのは簡単にわかった。JWを観に行く度に、プニュ吉と呼ばれていたくらいの山田くんが*4痩せこけているのが生で観るとよくわかって、感情が欠如してるというか目の奥が死んでるというか、今にも消えてしまいそうだった。山田担の友達と「今日凄いガリガリだった」「今日はちょっと元気だった」と報告し合っていたのが懐かしい。
 

 
ついこの前こんなツイートをした。
JWの劇中の“山田涼介”は孤独な役所で、そのセリフが当時の山田くん本人に凄く当てはまって、もはやセリフじゃなくて本人の本音を聴いているようだった。この当時のことは語りだすと止まらないのでこの辺でやめておきます。
 
後輩グループが出来てファンが激減したJUMPは、デビューして6年程経っているにも関わらず、東京ドームの席を埋めることが出来ていなかった。JUMPing sheetという名目でアリーナ席に座席を殆ど作らず、天井席にステージを作り、風船を散りばめて、埋まらなかった座席を誤魔化した。先程述べた、2回目の東京ドームのコンサートで薮くんを先頭に全員が涙したのは「デビューコンではアリーナ席は全部ステージだったのに、2回目の東京ドームではアリーナ席にもビッシリお客さんで埋まっていたことに感動した」という理由が含まれていたにも関わらず。
 
私自身は、この低迷期中の2013年にJUMPから一時離れた。というのも、大学受験が1年後に控えていたからである。Twitterもアプリを消して見ないようにし、コンサートも一切行かず、テレビも録画はしておくけれど休憩時間に少しずつ観ていく感じで全然消費しきれなかった。そんなわけで、完全にJUMPをシャットアウトしていたので矢印魂*5のDVDも、JW感謝祭のDVDも未だにどちらも持っていない。そのストイックさにはもう二度と戻れない(苦笑)  この期間中にあの“ゆとやま”の氷河期が終わった。Twitterを一切見てない私に、友達がゆとやまの情報を逐一報告してくれた(本当にありがとう…!!) この私がJUMPから離れている2013年にゆとやまは大人になる節目を迎え、今までの蟠りを取っ払っていた。自担の20歳の姿を一度も生で見られず、大好きなゆとやまの和解をリアルタイムで追えなかったことは多分この先も一生引きずるでしょう………
 
受験が無事に終わり、2014年5月に行われたLive with me in Tokyo Domeは、JW感謝祭以来の参戦。驚いたのは、この1年でJUMPが物凄く成長していた。久しぶりに見る彼らはなんとなく逞しくなったように感じた。BESTコーナーの笑いのレベルが馬鹿みたいに上がっていたし、school girlではメンバーの汽車ぽっぽダンスを初めてみて、可愛すぎて悶絶した。何よりファンサというイメージのJUMPが、あの広い東京ドームで上の方の人まで満足させているコンサートを作り上げていたことが、信じられないというか、成長したな〜というか。私が離れていた1年間の間にJUMPを取り巻く環境が大きく変わったと思った。全員が20歳を超えたことも大きいと思うけど、周りのスタッフに自分達の意見を言うようになったり自分達で決めるようになったり、渡されたものを受け取るだけじゃなくて自分達で生み出すようになった。
 
とりあえずこの辺りが本当に、JUMPが良い波に乗り始めた時だと思う。そしてこの2014年はまずメンバー全員が個人でドラマに出演したし、アルバムを引っさげてツアーもしたし、シングルもウィークエンダー/明日へのYELLという神盤を出せたし(個人的にはAino Arika大好き)今までにないくらい充実してて、「あ、いよいよ売れてしまうな」っていう感覚が芽生えた。「売れてしまう」という表現が一番この時の心情に合っていると思う。
 
そして昨年2015年はもう充実しすぎて秒で一年過ぎた。暗殺教室グラスホッパーという2つの自担の大きなお仕事に加え、裕翔くんはピングレ、伊野尾くんは主演舞台に数多くのバラエティー(そしておじさん芸人に危ない目で見られる)、グループでは冠番組、24時間テレビ、JUMPing CARnival tour、単独のカウントダウンコンサート……と、2015年の最後の最後までビッシリ仕事していて、ヲタクの私も忙しい一年で、これほど幸せなことはないんじゃないかってくらい充実してて幸せだった。
 
 
振り返ってみると、この8年で様々な節目や変化があったことがわかる。
 
“望まれないデビュー”で、複数のJr.内ユニットを分裂させて出来たグループだから最初は各々のグループの担当の方々にグループとしては応援して貰えなかったりもしたし、エビキスを抑えてのデビューだったからそこでも壁ができてしまったりもした。
 
いくらJr.内でエリートやトップだった人材を多く取り揃えたグループだとしても、デビュー仕立ての彼らはたったの小中高校生。思春期で敏感な時期に華々しくデビューしたのだから、学校での立場も余計不安定になっただろうし、孤独だっただろうな。小中高校生だった当時の彼ら、よく頑張ったよね。デビュー当時のやぶひかも、今の私の年齢よりも下なんて信じられないくらい凄く大人でお兄ちゃんに見えていたし。JUMPは早くデビューした勝ち組だから、他の苦労してデビューしたグループと比較されがちで、まるで苦労してないように思われる時もあるけれど、自分の立ち位置やキャラクターを探すのに必死なメンバーもいたし、グループとしての危機もあった。
 
24時間テレビではメンバーそれぞれが自分の持つ武器を生かした企画に携わっていて、「Hey!Say!JUMPは色んなことができるグループ」と世間に認識されたかもしれないけれど、それは一人一人が自分の武器を必死に探して見つけた結果であって、「多彩な人たちを集めたグループ」ではないということは強調しておきたいから太字のゴシック体で。
 
 
あと1年半ほどで10周年を迎えるが、正直なことを言えばデビューからずっと応援してきたグループが人気になってしまうのは寂しい。チケットが取れなくなったりCDやDVDの初回限定盤の予約が出来なくなっている現状はなかなか受け入れられないでいる。最近私の名義も瀕死状態。10周年のツアーを想像した時に、「こうして僕達が10周年を迎えられたのは皆さんのおかげです」って、デビュー当時から応援してた人と最近応援し出した人とをひっくるめて“ファン”として感謝を述べられたりしたら、それはちょっと悔しいというのが本音である。これは新規が嫌いとか古株が偉いとかそういう話ではなく。*6
 
でも1人1人の応援は無力だけれど、それが集まれば非累積性で1人1人の応援の集合以上のものになるから、ファンが増えることはJUMPにとってはプラスでしかない。それに、そのお陰で多くのテレビに出演することができて私達は地上波でJUMPをたくさん観ることができるようになった。東京ドームの座席を誤魔化す必要もなくなったし、「僕たちから離れないで下さい」ではなく、「僕たちに着いてきて下さい」に変わった。昔からJUMPを応援してるファンは随分と大人になって、最近ファンになった人はその昔から応援してる人達が作ったレールにしっかり乗って応援しているから今のJUMPとファンの関係性はとても良いものになってると思う。カウコンの中継の時にファンが一体となってJUMPに恥かかせまいと盛り上がった時の感動は一生忘れない。
 
 
JUMPの成長を最初からリアルタイムで見ることができたなんて私は運とタイミングが良すぎたんだな。ここまでずっと見続けることができたことを嬉しく思います。きっと彼らはこれからもっと魅力的なグループになって、気が付いたら国民的アイドルグループとかになっちゃってるんだろうな。JUMPには永遠の中高生のリア恋の存在でいて欲しいし、メンバー同士が引くほど仲良しでいつまでもキャッキャキャッキャしてるグループでいて欲しい。おじゃんぷちゃんが笑っているのが一番幸せだよね。これからどんなに環境が変わっても、ずっとそのままでいてね。
 
JUMPの記念すべき10周年の時に、このグループは一体どこまで飛躍できるのか、どんな姿を見せてくれるのか楽しみである。
 

*1:結成自体は9月21日だが横浜アリーナで正式に発表したのは24日

*2:期間限定ユニット。中島裕翔、山田涼介、知念侑李、有岡大貴、高木雄也の5人組

*3:A.B.C-ZKis-My-Ft2の総称

*4:山田涼介をオーディションで見つけた薮宏太が、プニュプニュしてるからと言う理由で命名した

*5:全国へJUMP⤴︎Tour 2013

*6:追記:年末年始のDEAR.の挨拶で、山田くんの「10歳の人も、1歳、2歳の人も人によって年齢(ファン歴)はそれぞれだと思いますが今年はみんなでお祝いしましょう」という言葉に結構救われました。